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ニッキ
記念すべき1記事め。

  とてもどうでもいいことだけど、私は就職している。前のブログを見たことある人ならわかるのだが(見たことある人がいるかは謎)ギリギリ(単位)をぎりぎり(卒論)でコーティングしたくらいギリぎり(就活)な春を超えて、なんかしらんけど卒業と内定をつかみ取った。アレは今思っても奇跡だ。映画化されそうなほどの緊迫感を経て1年が終わろうとしている。はやい。初めてばっかりの1年ってこんなに早いのか。

  最近また春が巡り、なんとなく就活の時の事を思い出したのでその事を適当に書く。ちなみになんの役にも立たないから、現役就活生はこんな記事読む前に履歴書書いた方がいいと思う。
  私の今の仕事は、別にやりたかった仕事ではない。そもそも、私にやりたい仕事なんてなかった。それ故に、就活ムードの根底に漂う「就きたい仕事がある輝いた君たち」「いつか目指したい仕事という目標ができる原石の君たち」みたいな風潮にトコトンついていけなかった。「あるわけねーーだろそんなもん、あったらなんかこんなふんわりした学科(文学部の日本文学学科)に進学しねえわ!」と思っていた。4年生の大学を卒業するということは、即ち20歳は超えているということだ。20年生きて、やりたい事が見つからないなら、面接なんぞが始まる残り数ヶ月でイキナリ就きたい仕事が見つかる訳ないと悟った。
  それでもその時は「目的がなければ置いていかれる」というムードに流され、「目指したい職種がない自分」に戸惑い「就きたい仕事が見つかった自分」をなんとなく演出した。「私はこういう路線に行きたいから、この説明会に参加するワ」みたいな。なんなんだよ路線ってアイドルかよ。
全てを吐露するとすれば、私の就きたい仕事はこんな感じだった「ある程度ぬるい雰囲気」「給料はそこそこ高い」「多少の拘束時間と残業はあっていいから、朝は遅い」「飲食は嫌」ちょっと現実味ある駄人間である。
  でも、私の今の仕事は上記の条件を踏まえるなら「私の就きたかった職」である。そう!そんな会社は存在したのだ…… そうやって就職して思ったことは「別になりたい仕事なんか、無くてもええんじゃなあ」ってことだ。
  就職シーズンになると、まるでみんなが自分の一歩先を歩いているように感じる。今まで目に入らなかったリクルートスーツの広告や、説明会のチラシが目に飛び込んできて、何をしていても「就職活動は!?!?!?」っていう焦燥感が襲いかかってくる。マジで病む、これを経験したことがないと言われるバブル世代とか勝手に憎しみを抱く、弾けろ弾けろォ!
「明確に就きたい職がないのは、周回遅れ」と暗に言われているような感じがする、だから自分に合う職業ってなんだ!?自分のやりたい仕事ってなんだ!?っていうことを探すのに躍起になる。心がソワソワするから、まず安寧を求めようとする。間違ってはいないんだけど、ここまで来てやりたい仕事がない人は、もうそんなモノは見つからないと見切りをつけるのも、ある意味アリだと思う。だってみつからねえんだもん………
  じゃあ何もしないのか、というとそうでは無く「これならやってもいいかな」って思う仕事を探せ。私が思うに大事なのは、給料・人事の雰囲気・休日だ。この3つはあんまり妥協すると、続かないと思う。だってお前、これやりたい仕事じゃねえんだぞ「金払いがいいから勤めてる」「環境がいいから勤めてる」「あと休み」とかいう砦がないと続かない。やっぱり心配なのは人間関係だろうけど、こればっかりは入ってみないとわからないから、考えすぎるとムダっぽい。とりあえず人事の雰囲気が悪くなければおkと思っている。
「就きたい仕事がないことは悪いことではない」と、私は思う。私なんて、ゲーオタの引きこもりニートっていうのはあまりにも社会的立場が悪いから、という理由で働いてる、あと純粋に金が欲しい。現代日本は、とりあえず働いていればある程度立場は守れる、だから就職はしておいてほんと損はない。
なんとなく就職したい、でもオッケーと思う。だから、就きたい仕事がないことを、まるでダメ人間のように思うべきではない。他のハードル高い人より、目的までの標高低くていいじゃんって思う。でも「やりたくない仕事」は、ハッキリすべきだ。それをハッキリさせるためにも、アルバイトはしておくほうがいいかもしれないなあ

  とりあえず言いたいことは、雰囲気に呑まれて必要以上に苦しんだり、取り繕ったりしなくてもいいんじゃないかなって事だ。でもそれは、私がその頃から1年を迎えたから言える事であって、きっと今その現実に立ち向かっている人達にとっては本当に無力な言葉でもあると思う。まあとりあえず、空回っても死ななきゃいいのだ、『Fate/EXTELLA』も発売するらしいしさ、アクションゲームってマジすか?