雨がふると小難しくなる

  昨日は仕事が休みだった。仕事が休みということほど、素晴らしい1日は無い。学生の頃「社会に出れば、今より大変なんだぞ」と各方面から言われてきたし、私もそう信じていたんだけれども、実際に社会人になってみれば、学生と社会人の大変さは別ベクトルのものと理解した。同じ土台で語ることの方が、難しい辛さがあると思う。そして私は、主に学生の大変さの方には向いていなかったと言える。
  そんなことは置いといて、休みだったので髪の毛を切りに行った。最近は髪の毛を切ると言えば、もう自分の限界に挑戦しているような気がしてならない。
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(マスクマン)
とりあえずこのくらいまでは切って後悔した。前回もこのくらいまで切って後悔した、学ばない私。髪の毛が伸びてくると「髪とはいつしか長くなるものよ…… ここで1つ、己の限界まで挑戦してみようではないか……」みたいな気持ちになって、なるだけショートカットにしてしまう、学ばない私。前も話したように私はデブなので、決してショートカットが似合う女ではない。髪の毛を短くするということは、満月ポンみたいな顔が前面に出てくるということである。地獄だ……  余談だが、私の顔は岸田劉生の麗子像似ている。
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  美容院のお姉さんと話す内に、なんとなく恋愛の話になった。「かてきんちゃんもいい歳なんだから、いい人作らなきゃヤバいよ〜」と言われた。付き合ってから結婚に行き着くまでの年数を計算すると、23歳は危なめ。と、お姉さんは話してくれた。確かに、23歳から付き合いだして、2、3年で結婚したらば、26歳でウェディングドレスを着なきゃいけないことになる。26歳でドレスも少し恥ずかしいものがあるし、それ以降の歳ともなれば、あんまり写真を残しておく気には、ならないかもしれない(もちろん、個人を批判する意思はない。三十路過ぎてから結婚する人もいるだろう。個人の感覚である)
しかし、お姉さんの話を聞いて(女の人とはこんなにしたたかなのだなあ…)としみじみしてしまった。当たり前の話かもしれないが、自分がドレスを着て、綺麗に写る事の出来る歳まで、人生計画に入っているのだ。私みたいな喪女とは大違いである。

  やはり、23歳はいい歳なのか。と思った昨日の出来事だった。いい歳とは理解していても、他人に言われると中々衝撃だ。一気にオバサンになった心持ちだ。今までは、30過ぎても「女子会♡」などとのたまわっている女を、1人、また1人と粛清したい気持ちでいっぱいになっていたけど、今ならその気持ちがわかる。
私は20歳を過ぎてから、心が歳をとっていないのだ。漠然と、毎日同じ気持ちで同じ事を繰り返していて、それがずっと続けばいいと思っている。このまま、恋人などという新ジャンルの人間を、私の人生に織り込まないまま生きていきたいと思っているし、年齢不相応になりつつある子供っぽい服を、いつ捨てるべきかわからないでいる。能動的な変化は、労力が要る。だから、変化することに腰が重くなってしまっている。
学生の時は、学生をしていれば大丈夫だった。学生なりに、大変なことはあったが、学校という枠組みからドロップアウトしなければ、なんとなくみんなと一緒にいられた。学生が終わると、ただ所属して生きているだけでは、みんなと同じじゃなくなってしまった。女であれば、いい人を見つけて、結婚して、子供を産んで……  という、行動を起こさなければ、正解に近い人生にはたどり着けない。私は、どれもこなせないし、こなさないでいるので、少しずつ正解から解離している。それが、目に見えない不安を生み出しているのだ。
そういった意味でも、やっぱり学生と大人の辛さは違うのかもしれない。生きるのは難しいなあー